前の記事に書いたように、UKオリジナルのファースト・プレスは、マトA1/B1で、A面に1ST SET SIDE ONE、B面に1ST SET SIDE TWOと刻まれているものに間違いないと確信したので、それを探して手に入れた。
A面はやはり、なんだか修正されて汚いA1である。

1ST SET SIDE ONEもちゃんと刻まれている。

セカンド・プレスであるマトB2のB面のマトには修正がないので汚くなかったが、マトB1のマトは、A面同様に修正されて汚かった(笑)

でも、ちゃんと1ST SET SIDE TWOと刻まれている。

両面にEGのサインもあって、やはり、メッキ処理は、Gedmal Galvanic Ltd.のEddy Goreckiによって行われていた。

EGの隣は、寝ている1で、おそらくマザー・ナンバーだろう。
両面とも1だった。
前の記事で、「ファースト・プレスには、もう一つ特徴があることがわかった。」と書いたが、それはコレである。

この17(これはA面で、B面は14だった。)はスタンパー・ナンバーを表すものだと思われるが、セカンド・プレスと違って、数字の前にIーがない。
Discogsで確認してみると、50番台あたりのスタンパーまでIー無しで、60番台あたりのスタンパーからIー有りになるようだ。
1977年2月11日にリリースされた次作の"Songs from the Wood"(Chrysalis CHR 1132)は、最初からIー有りスタンパー・ナンバーのようなので(ただし、最初期スタンパーまでは確認できていない。)、案外、区切りよく1977年からIー有りに変更されたのかもしれない。
そうだとすると、Iー有りスタンパー・ナンバーの盤については、マトA1/B1であったとしても、ちょっとファースト・プレスとは言いにくいんじゃないかと思う。
ファースト・プレスを手に入れてわかったことがもう一つある。
マトの修正は、ラッカーではなく、マザーに対して行われたということだ。
今回の記事のファースト・プレスのA面のマト画像を、前の記事に掲載したセカンド・プレスのA面のマト画像と比べてみよう。


一目瞭然だが、一応書き出してみると次のようになっている。
ファースト・プレス:CHR-
セカンド・プレス :CHR-
ラッカー自体は同じだから、ラッカーを修正したとすると、修正のされ方の違うものが存在することが説明できない。
うちのファースト・プレスのマザーは1、うちのセカンド・プレスのマザーは4だから、マザーを修正したと考えれば、何の矛盾もない。
たぶん、送られてきたのがラッカーではなく、マザーだったのだろう。
さて、では、そのマザー、どこから送られてきたのか?
このレコードの統一カッティングがどこで誰によって行われたかという問題である。
ジェスロ・タルのUK盤は、1975年リリースの8作目"Minstrel in the Gallery"から、1978年リリースのライブ盤"Live - Bursting Out"まで、手書きマトである。
これらの5枚("Live - Bursting Out"は2枚組だから、正確には6枚)の送り溝の筆跡を見比べると、どうも同じ人物の筆跡のように見える。
ってことで、同一人物のカッティングだと仮定して、どこかにエンジニアを特定する手がかりがないか探すと、まず、"Minstrel in the Gallery"に、このサインを確認することができる。

これは漢字の「畑」である。
ちなみに、UK盤ではないが、US盤の"Heavy Horses"の送り溝にも同じサインが確認できる。

"Live - Bursting Out"のUK盤の送り溝には、このサインが確認できる。

"BH"である。
"Live - Bursting Out"のUS盤を見てみると、こんなサインが確認できる。

これは、カタカナで「ハタ」である。
「畑」で「ハタ」で"BH"といえば、この当時はUSのワーナー・ブラザーズ・スタジオにいたBobby Hataだろう。
唯一手持ちがなかった"Heavy Horses"のUK盤の送り溝を、EIZOOOさんに協力してもらって確認したところ、WBのスタンプ刻印が確認できた。
このWBが、Warner Brothers Studiosを意味するとすれば、Bobby Hataカッティング説の情況証拠がさらに増えることになる。
ジャケットやインナースリーブに明記されていないので断定はできないのだが、"Minstrel in the Gallery"から"Live - Bursting Out"までの5作品は、ワーナー・ブラザーズ・スタジオのBobby HataによるUSカッティングなんじゃないかと思うのである。
ラベル:jethro tull