
1969年11月14日にフィリップスからリリースされたセルフ・タイトルのセカンド・アルバム(後にRCAから再発されたときには、タイトルが"Space Oddity"に変更された。)のUKオリジナルである。

今回、『デヴィッド・ボウイ・レコーズ DAVID BOWIE'S RECORDS』に協力する過程で最もショックだったことは、うちのがセカンド・プレスだと言われていることを知ったことだ。
Discogsによれば、レーベル上のパブリシャーのクレジットが二種類あり、"Space Oddity"と"The Wild Eyed Boy From Freecloud"のみがEssex Music Intl. Ltd.で、ほかはCopyright Controlとなっているものがファースト・プレスだというのだ。
つまり、全曲のパブリシャーがEssex Music Intl. Ltd.なのはセカンド・プレスということになる。

えぇえぇ、うちのは両面ともEssex Music Intl. Ltd.一行でございますとも・・・(涙)
しかし、ボクは、疑い深いのである。
そう簡単には、信じないぞー
だいたいCopyright Control盤のスタンパー情報が登録されてないじゃないか。
マトは1Y-2/2Y-2しか存在しないが、スタンパーはある程度バリエーションがあるだろー
11って、マザーまでしか登録されてないってのは、いったいどういう了見だ!(たぶん、テスト・プレス以外はすべてコピペだろう。)
うちのは、紛れもなく111のファースト・スタンパーなんだぞー(Side 2は112)

とはいえ、論理的に考えれば、確かにCopyright Controlが先の可能性が高い。
しかし、キャメル(Camel)"Snow Goose"の例もある。
(詳しくは、https://sawyer2015.seesaa.net/article/2017-03-04.html をどうぞ。)
Copyright Controlが後から出現することがないとも言えない。
ボウイは、サードの"The Man Who Sold the World"の時点では、Titanic Music Ltd.とパブリシャー契約を結んでいる。
つまり、Essex Music Intl. Ltd.からは離れたかったわけだ。
交渉の結果、シングル・リリース曲のパブリシャーだけEssex Music Intl. Ltd.ということになったのは確かだ。
1972年のRCAからの再発では、"Space Oddity"、"The Wild Eyed Boy from Freecloud"、"Memory of a Free Festival"の3曲がEssex Music Intl. Ltd.で、それ以外はTitanic Music Ltd.になっているからである。
"Memory of a Free Festival"は1970年にシングル・リリースされているから、シングル・リリース曲のパブリシャーだけがEssex Music Intl. Ltd.なのだ。
Essex Music Intl. Ltd.とのパブリシャー契約が最初はシングル曲のみだったのが、全曲の契約に変わり、その後Titanic Music Ltd.とパブリシャー契約を結ぶ際に、Essex Music Intl. Ltd.とはシングル曲のみの契約にもどした、ということであれば、シングル曲以外はCopyright Controlというのがファースト・プレスということになる。
それに対して、もともとEssex Music Intl. Ltd.と全曲のパブリシャー契約を結んでいたが、後にシングル曲だけの契約に変更した、ということであれば、その時点で(まだ交渉中とかで)Titanic Music Ltd.との契約が成立していなければ、シングル曲以外はCopyright Controlという事態が生じる。
つまり、Copyright Control盤はセカンド・プレスということになる。
これは、1970に"Memory Of A Free Festival"がシングル・リリースされる前でなければならないので、時期的にはかなり限定されるが、ありえないことはない。
おぉ!
Essex Music Intl. Ltd.一行表記がファースト・プレスの可能性が出てきたぞ!
誰か、Copyright Control盤のスタンパー情報知りませんか?
少しでも、スタンパーが進んでたら、ボクの仮説のエビデンスになるかなと・・・
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ラベル:David Bowie