2022年09月30日

T.Rex, Electric WarriorのUKオリジナル

9月30日はボラン(Marc Bolan)の誕生日である。
帰宅したら、大好きなT.Rexの"Electric Warrior"を大音量でガンガンかけてお祝いしようと思っていた。

ところが、帰宅後夕食を食べているときに、そういやソウルで開催されているATPの大会のQFに西岡選手が残ってたなぁと思い出したので、相手がルード選手(現在世界ランキング第2位で第1シード)ということもあり、とりあえずWOWOWのオンデマンドで観始めたら、手に汗握る熱戦に、ボランのことはすっかり忘れて熱中してしまった。
いやぁ、西岡選手、凄すぎである。
6-2、3-6、6-2でルード選手を下してSF進出だ。
明日は、Kovacevicという読み方もわからない(コヴァセヴィッチ?)選手(現在の世界ランキングは222位)だし、決勝進出の可能性は高そうである。
来週からは東京大会だし、ソウル大会優勝で弾みをつけて乗り込んできてほしいなぁ。

そんなわけで、"Electric Warrior"をターンテーブルに載せたのは9時をまわってからだった。
大音量で聴けたのは1回だけである。


20220930-1.jpg


それにしても、このUKオリジナル(Fly Records HIFLY 6)、凄い音で鳴るよね。
マト2U/2UのEMIプレスのオリジナルは、ジョージ・ペカム(George Peckham)のカッティングで、Side 1にはPORKY、Side 2にはPECKO-DUCKというサインがある。

ペカムはいろいろ素晴らしい仕事を残しているが、"Electric Warrior"のカッティングは、個人的には5本の指に入れたい仕事だ。

だから2枚持ってるんだっけ?


20220930-2.jpg


ポスター付きを買い足したというわけではない(どちらにもポスターは付いていない 涙)し、どちらにもインナースリーブは附属していて、欠品だったから補充したというのでもない。

スタンパーを見ても、どちらも2桁で多少は違うものの大差はないので、スタンパーが若いのを買い足したというわけでもない。

やっぱり、大好きなレコードだからもう一枚買ったってだけだったかなぁ?
20年以上前のことだから、あんまり記憶にないや・・・

そんなことを考えながらなんとなくジャケットを眺めていたら、思い出した。

ジャケ違いなんである。


20220930-3.jpg


どちらもE.J.Day製なのだが、ボランの周りの光部分の量がだいぶ違う。
頭の上の部分なんか、下のやつは、黒の部分が大きくて、金色の部分の面積はかなり狭い。
これはやっぱり光り輝いている上のやつが正解だろう。

単に個体差なのか、前後関係があるような違いなのか、印刷技術に詳しくないのでよくわからないのだが・・・
誰か詳しい方、お暇なときにでも、教えてくださいませm(_ _)m
ラベル:Marc Bolan
posted by 想也 at 23:07| Comment(2) | George Peckhamの仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月20日

Deep Purple, Live in Japanの真実

「何故、Side 4だけ輸入ラッカーが使用されなかったのか?」について、すろはん先輩が、当時の内部事情を知っている方に取材してTwitter(現X)で報告してくださったツイートを、転載させていただきました。(2024年2月10日追記)

8月19日は、イアン・ギラン(Ian Gillan)の誕生日ということで、このレコードを引っ張り出して聴いていた。


20220819-5.jpg


1972年8月に行われた来日公演の模様をおさめたロック史上屈指の傑作ライブ・アルバム、ディープ・パープル(Deep Purple)"Live in Japan"(ワーナー・パイオニア P-5066~7W)である。
アルバム・タイトルは、日本盤のみ"Live in Japan"で、ほかはすべて"Made in Japan"だ。

このライブ・アルバム、もともと日本のみでリリースの予定だったらしいが、あまりにも出来が良かったために、UK本国でも間髪おかずに日本と同じ1972年12月に、アメリカでも翌月の1973年1月にリリースされた。

そんな経緯なので、来日公演をおさめたものでもあるし、日本盤には特別な意味がある。
おまけに日本盤には、UK盤と同じくジョージ・ペカム(George Peckham)がカッティングした輸入ラッカーが使用されている。
もう日本盤だけ持っていれば良さそうである。
幸いうちの盤は、グリーン・レーベルの初回盤というだけでなく、発売前月の1972年11月プレスだ。


20220819-6.jpg


送り溝のPM2―Yがそれを証明している。
(一枚目をターンテーブルに載せていたので、二枚目のSide 3のPMだが、Side 1ももちろん同じである。)
日本盤だけ持っていればいいなら、それに越したことはない。

しかし、やはりそういうわけにはいかないのである。
そういうわけにはいかない決定的な事実があるのだ。

あんまり語られていない気はするが、仲間内では昔から話題になっていたことなので、おそらく多くの人が気づいているんじゃないかと思う。

さきほど、日本盤もペカムがカッティングした輸入ラッカーを使用していると書いた。
しかし、ペカムのカッティングであることを示すサインは、Side 1からSide 3までにはあるが、Side 4にはないのである。
一応書き出しておくと、送り溝のサインは次のようになっている。

Side 1 PORKY
Side 2 DELTA PORK
Side 3 PECKO
Side 4 サインなし

これは何を意味しているのだろうか。
「単にペカムがサインを忘れただけだろー」と淡い期待を抱きたい人もいるかもしれないが、ペカムがサインを忘れた例というのは記憶にない。

実際、Side 4はペカムのカッティングではなく、日本独自カッティングなのである。

さきほどPMのことを話題にしたが、PMの形式から、このレコードが東芝(当時は東芝音工)プレスであることがわかる。
自社工場を持たないワーナーは、東芝や東洋化成にプレス委託をしていたが、このレコードについてはメッキ処理からプレスまで東芝で行われている。
そして、Side 4のカッティングもおそらく東芝で行われている。

東芝では、輸入ラッカーの場合は、ラッカー・ナンバーにLがつく。
このレコードの場合も、Side 1からSide 3までのラッカー・ナンバーはLである。
ちなみに、うちの盤のSide 1からSide 3までのマト(スタンパーまで含む)は次の通りだ。

Side 1 L-A-10
Side 2 LーAー6
Side 3 LーAー6

Side 3のマトの画像を載せておこう。


20220819-7.jpg


それに対して、Side 4のラッカー・ナンバーにはLが使用されていないのである。


20220819-8.jpg


Side 4のマト(スタンパーまで含む)は、1ーAー11だ(光の加減でスタンパー・ナンバーの11が見えにくいが、間違いなく11である)。
Lではなく1が使用されているというのは、輸入ラッカーではないということである。
それが東芝のマトのルールだ。

実際、Side 4の音には、ペカム・カッティングのSide 1からSide 3までに聴くことができるような、うなる低域や分厚い中域が感じられない。
つまり、Side 3までは日本盤でいい(プレスの良さを考えれば、むしろ日本盤がいい)のだが、Side 4については、ペカムがカッティングしている("Peckie"というサインがある)UK盤(ドイツ盤でも良い)で聴かないとダメなのである。

面倒なんだけどね(笑)


それにしても、何故、Side 4だけ輸入ラッカーが使用されなかったのだろう?
送ってもらったものの、なんらのトラブルでダメにしちゃったんだろうか?
このあたりのことは、当時の内部事情を知っている人にしかわからないよねぇ。


2024年2月10日追記

「何故、Side 4だけ輸入ラッカーが使用されなかったのか?」について、すろはん先輩が、当時の内部事情を知っている方に取材して、Twitter(現X)で報告してくださいました。
1年近く経ってしまいましたが(ツイートは2023年2月27日)、すろはん先輩の許可を得て、転載させていただきます。
(しばらくしたら転載させていただこうと思っていたのですが、すっかり忘れてしまっていました。すみませんm(_ _)m)


【ライヴ・イン・ジャパン/カッティングの真実】


slowhand01.jpg
slowhand02.jpg


昨年夏に想也さんから出された宿題に関し、昨年晩秋に知人である元ワーナーパイオニア洋楽ディレクターの佐藤晃彦氏に「事の経緯のリサーチ」をお願いしておりました。

そして10日前に佐藤晃彦氏の主宰による同盤の特別視聴会が『下北沢/アナログ天国』にて開催された際、催事開始時間の前に、お願いしていた「事の経緯リサーチ」の取材をさせて頂きました。


slowhand03.jpg


1972年当時、ワーナーパイオニアのパープル担当ディレクターは折田育造氏で(日本グラモフォンでZEP担当だった事で有名ですね。)、サブ担当が加藤正文氏だったとの事。
折田氏は既に逝去されていたので、佐藤氏の先輩にあたる加藤氏へヒアリング。

1972年パープル来日~『ライヴ・イン・ジャパン』製作/発売当時は折田氏が全てを統括していた為「正確な状況確認」は無理だったが、洋楽担当ディレクターとして「何故にSIDE.4だけ日本国内カッティングとなってしまったか?」は推測出来るとの事。

70年代後半までは本国レーベル側から指定ラッカー盤が送付される事は何件もあったが、時としてその中の一部に外周溝から音溝部分に繋がってない/針が進まないのが検知される、又は傷迄では無いが、音に出そうな突起発覚のラッカー盤があったとの事。

この盤のSIDE.4に関しては、十分にそのケースが考えられるとの事。その様な事故発覚ケースを想定し、レーベル本国からは指定ラッカー盤と伴にコピーマスター・テープが必ず同送されており、そこから諸調整して日本側でカッティングした事は何度もある。

折田育造氏が逝去されてるので完全な真実解明には至りませんでしたが、元ワーナーパイオニア洋楽担当ディレクター諸氏の見解は、ほぼコレが真実に近いと思われるとの事でした。
何故にSIDE.4にだけGeorge Peckhamのサインが無いのか?は、これが真実?


slowhand05.jpg
slowhand06.jpg
slowhand07.jpg
slowhand04.jpg


SIDE.4日本国内カッティング時は、統括ディレクターだった折田氏が立ち合ったと思われます。又日本のカッティング・エンジニアは、海外(特に米国)カッティング・エンジニアよりもピークメーターのレッドゾーンを特に意識して作業にあたっていたとの事。

日本がピークメーターのレッドゾーンを其処まで意識していた理由は、日本のレコードの品質保全意識にあったとの事。それは、当時の日本のレコード業界に於ける返品制度の存在も非常に大きかったとの事。逆に返品制度の無い米国のカッティング・エンジニアは、レッドゾーン無視の傾向があったとの事。

また本国レーベルから指定ラッカー盤と伴にコピーマスターが必ず同送されてた事は、先程の様な事故案件の想定以外に「増産プレスが多くなり、リカッティングのラッカー盤が必要になる」or「後々にリカッティングして再発する」事も想定されてたとの事です。


すろはん先輩、ものすごく貴重な情報をありがとうございました!
ラベル:Deep Purple
posted by 想也 at 00:17| Comment(0) | George Peckhamの仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月06日

Peter Hammill, Nadir's Big ChanceのUKオリジナル

11月5日はピーター・ハミル(Peter Hammill)の誕生日である。

今年はこのアルバムを聴いてお祝いしていた。


20211105-1.jpg


1975年リリースのピーターのソロ・アルバム"Nadir's Big Chance"だ。

何故このアルバムなのかといえば、真っ先に思い浮かんだからなのだが、何故真っ先に思い浮かんだのかといえば、"You're Only Lonely"のインナースリーブが頭に残っていたからに違いない(笑)

UKオリジナル(Charisma CAS 1099)は、B&C配給のスモール・マッド・ハッタ―・レーベルだ。


20211105-2.jpg


マトは2U/1U。
あんまり売れなかったようで、オリジナルでは、これしか見たことがない(Phonogram配給の再発ではリカッティングされている)。

あまり売れなかったからなのか、手持ち盤のスタンパーは1R/1Mとかなり若い。

ピーターのアルバムでもっともパンクな一枚は、ジョージ・ペカム(George Peckham)のカッティングで、インナースリーブにも"Cut by George Peckham in The Master Room"と明記されている。


20211105-3.jpg


送り溝にもしっかりPORKYのサインがある(Side 2はPECKO)。


20211105-4.jpg


ペカムのパンクなカッティングが楽しめる(笑)


ピーター・ハミル様、お誕生日おめでとうございます。
これからもお元気で、素晴らしい音楽を届け続けてください。
ラベル:Peter Hammill
posted by 想也 at 00:19| Comment(0) | George Peckhamの仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする